キャニオン・デ・シェイ国定公園  Part 4

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©William Ash

写真左中央、岩の端は自分のいるところから30メートルぐらい下、渓谷の底はさらにそこから60メートルぐらい下だった。キャニオン・デ・シェイ(Canyon de Chelly) は、時間と空間のタペストリー。

地下の水の流れは
色鮮やかに紅葉したハコヤナギノの木となって

人間や動物の流れは
小道や車道となって編み込まれている

 

キャニオン・デ・シェイ国定公園  Part 3

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©William Ash

古い岩に刻まれた数々のシンボル‥‥渓谷の切り立つ岩壁は、2億年前に作られた砂岩で、そこには、イメージやシンボルがいろいろな高さに刻まれている。公園の地域には、5000年にわたって人間が住んでいたといわれ、だれが彫ったのか、アナサジか、ナバホか、その推測はむずかしいらしい。でも、それらは歴史的な事件や移動していった方向を示していたり、霊的な意味をもっている。

写真は、アンテロープ・ハウス遺跡の近くの岩面のもの。レンガ色の岩にふれながら、インディ・ジョーンズ気分を楽しんだ。が、その一方で、ネイティブアメリカンを襲った壮絶な過去を思いながら見ていると、「彼らの先祖は、まだここで見守っている」という感じがしてきて、谷底から断崖を見わたしたことが幾度もあった。

それまでは先祖といえば、業という否定的な宗教意識がいっしょに流れこんできて、自分を縛ってくるような暗さを感じた。でもキャニオン・デ・シェイの自然の中では、「先祖」という行き詰まっていた言霊が、そんなしつこいエネルギーをやぶって、さあ〜と自然の創造主にまで広がってとけた感じがした。

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キャニオン・デ・シェイ国定公園  Part 2

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©William Ash

公園がある地域には、現在住んでいるナバホ以前に、アナサジと呼ばれる人々が住んでいた。写真のアンテロープ・ハウス遺跡(Antelope House Ruin)のまわりには、11世紀から13世紀にかけて、大きなアナサジの集落があったらしい。

写真の右よりの高い建造物は、渓谷の赤い断崖にそって作られた要塞のひとつで、かつては4階だてぐらいの高さがあったらしく、部屋数も90を超えていたことがわかっている。そのまわりに残されている円形のものは、キバ(kiva)と呼ばれ、儀式や宗教行事が執り行われた。それでも、多くの人々は、こうした建造物の外に住んでいたらしい。

ところが、1300年代には、この遺跡の地域からアナサジは消えている。理由はよくわかっていないが、1276年から1299年まで干ばつが続いたことや、人口が増えすぎて、環境が悪化した証拠が残されている。どこに消えたのか? 現在のホピ、ズーニー、アコマは、このアナサジの子孫と言われている。

21世紀
移り住む場所があるとは限らない。
火星にいくお金もガッツもない。
みなさん、いっしょに地球を大事にしましょ〜う!

 

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キャニオン・デ・シェイ国定公園  Part1

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©William Ash

一見すると、空へとそびえているものを見ているような気がする。が、実はちがう。地下へと掘られたものを見下ろしているのである。その深さは、300メートル。ちなみに、東京タワーの高さは333メートル。画像をクリックしてみてほしい。

アメリカ南西部のアリゾナ州にあるキャニオン・デ・シェイ(Canyon de Chelly)国定公園は、平原が河川によって浸食されて生まれた。深さ300メートルもある断崖が、42kmにわたって細長く東西に伸びている。

写真の中心にある塔のように切り立つ岩は、スパイダーロック(Spider Rock)。公園内の見所のひとつであるだけでなく、先住民族のナバホは今でも、この岩を精神的,地理的な中心として崇めている。かつて怪物たちを退治し、ナバホが今でもその卓越した技術で知られている織物の技術を授けたと伝えられるスパイダーウーマン(Spider Woman) が、この岩に住んでいるといわれている。

スピーキングロック(Speaking Rock) 、またはトーキングロック(Talking Rock)と呼ばれる岩が、画像の左端にある。ナバホが子供たちに話すお話のなかに、ふたつの岩にまつわるものがある。

「いたずらばかりしていると、スピーキングロックが、スパイダーウーマンに教えてしまうぞ。スパイダーウーマンが捕まえにきて、岩の家につれていかれ、そこで食べられてしまうぞ。どうして、岩の天辺だけが白っぽいと思う?あれは、実は食べられた哀れな子供たちの骨なんだぞ。」

写真の地平線の中央あたり、遥か遠くには、ブラックロック(Black Rock) とよばれる山がみえる。火山が浸食されて、火道内のマグマが硬化してのこされた火山岩栓だ。

火山、噴火、300メートルも切り取られた渓谷、そこを守る人々、彼らに伝わる伝統とお話‥‥。こういう場所にいくと、自分なんてどうでもいいように思え、それがまた心地よかったりする。

 

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日本の思い出 ~ 東京の路上にて

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©William Ash

日本人はどんな人たちか?と聞かれたら、僕はこう答える。
「温かくて、寛容な人たち」

どこの国でも、国民性となるとステレオタイプ的になり、それによって人は洗脳される。日本人も同じだ。でも、もっと時間をとって人々や生活を自分で経験してみると、ぜんぜん違う表情が見えてくる。

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日本の思い出 ~ 神田の古本屋

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©William Ash

これは、1995年に神田の古本屋街でMamiya 6 を使って撮った一枚。もちろんフィルムカメラ。自然環境を考えると、出版としては、電子書籍以外の選択肢はもはや残されていないように思われる。古本も、消えていくのかもしれない。でも、古本の匂いや、日焼けしたカバー、手あかや染みといった人間臭さや時の経過、人が何かを学ぼうとした熱意が、一冊の古い紙の束をとおして人から人へ伝わってくるあの感覚が、電子化によって消えていくかと思うと、寂しい気がする。せめて、今、自分の本箱にある紙の本は、大切に持っていようと思う。

 

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亡者送り ~ 新年の祈願の締め

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©William Ash

 

東京の浅草寺では、1月18日に亡者送りがおこなわれる。夕刻、堂内、境内の灯りがすべて消され、あたりは真っ暗となる。そこに突然、本堂の奥から鬼の姿をした二人の僧侶が、大きな松明をもって出てくる。松明を床や地面にたたきつけながら、境内を一気に抜け、近くの銭塚地蔵堂脇の小さな穴に松明を投入して火を消す。悪霊を鎮める儀式で、あっという間の5分ぐらいで終わる。除災招福祈願の新年行事の締めとして行われる。

鬼はひとりは赤、もうひとりは青の衣装をまとっている。松明の火の粉をあびたり、灰をもっていると、健康と金運に恵まれるといわれている。そのため、鬼ごっこどころか、危険もかえりみずに、逆に鬼を追いかけていく人も多い。

びんずる様〜東大寺

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Oliver Sataler著のJapanese Pilgrimageの中に、びんずる様に関する話がのっている。

びんずる様は愛の深い人であり、またお酒に対する執着も、それと同じぐらい深かった。あるとき、仏陀から、悪霊に苦しめられているお金持ちを癒しにいくように頼まれた。そのとき、お酒をすすめられても、決して誘惑に負けて飲んではならないと言われた。

ところが、びんずる様が悪魔を退散させると、お金持ちは大喜びして、お祝い方々、酒をすすめてきた。何度も辞退したものの、お金持ちが気を悪くするといけないと、びんずる様は飲み始めてしまった。そして、案の定、酔っぱらってしまい、そのすきに悪霊が「しめしめ」ともどってきてしまった。

この話を聞いた仏陀はたいそう怒って、びんずる様を追放してしまった。

しかし、びんずる様は仏陀のいくところにはどこへでもついていき、ただ、自らを恥じて、テントの外で仏陀の説法を聞いていた。仏陀は亡くなるときに、びんずる様を呼び、許し、この世にヒーラーとして残るように命じた。

以来、びんずる様は、寺の外に座って、人々の苦しみを癒そうとしている。自分の病のある部分とびんずる様の同じからだの部分をさすると、病が治るといわれている。

東大寺の大仏殿の外にお座りになっているびんずる様、「まあ、ぼちぼちで、ええんじゃないか」と、寛容に微笑まれているような感じがする。

 

 

パウロ・コエーリョと気球 Part 5

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パウロ・コエーリョの小説「アルケミスト」の主人公サンチャゴには、ビジョンがあった。正確にえば、マクロとミクロがひとつになった世界を体験していた。

パウロと気球に乗った日は、風もなく静かだった。気球の中でも、振動を感じることがなかった。まるで世界が、自分という不動点のまわりを動いているだけのように感じた。

パウロ・コエーリョと気球 Part 4

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パウロ・コエーリョは、どんな人だった?と聞かれても、ちょっと答えるのは難しい。長年付き合いのある友人ですらわからないのに、ちょっと会って話をしただけで、人を知ることなんてできない。でも、あえて僕の印象を言えば、この写真の彼が一番僕の彼に対する印象に近いと思う。